2020年1月11日

更新日: 2026年9月18日

毎年、年末が近づいてくると、私たち透析患者のもとに「国会請願」のための署名活動の依頼が届きます。署名するのは「腎疾患総合対策の早期確立を要望する請願書」。わたし自身も毎年欠かさず署名しています。
でも、そもそも「請願って何?」「署名活動にどんな意味があるの?」と思っている方も多いのではないでしょうか。今回はその背景を、20年超透析を行っている立場から、できるだけわかりやすくお伝えします。
まず、「請願権」とは何かを確認しておきましょう。日本国憲法で、すべての人に保障されている権利です。
日本国憲法 第16条
何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
つまり、腎疾患を抱えた透析患者であっても、国や行政に対して「こうしてほしい」と声を届ける権利が、憲法によって保障されているのです。難しい手続きは必要ありません。署名用紙にサインするだけで、その権利を行使できます。

国会請願の署名活動を取りまとめているのが、一般社団法人全国腎臓病協議会(以下、全腎協)です。
署名用紙の表面には「腎疾患総合対策の早期確立を要望する請願書」という表題と「請願の趣旨」が、裏面には「請願事項」と署名欄があります。
流れとしては、全腎協から都道府県・病院内にある腎友会を通じて会員へ請願用紙が届き、署名を依頼するのが一般的です(病院によっては、非会員にも理解を求めて依頼するところもあります)。
署名数は多いほうが良いです。透析患者だけでなく、親・兄弟・親族・友人にも広げることで、より多くの声を国会に届けることができます。最終的に全腎協がとりまとめ、毎年3月に国会議員へ届けています。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ①秋〜冬(毎年) | 全腎協から各都道府県・腎友会へ署名用紙が届く |
| ②年末〜年明け | 透析患者・家族・友人が署名。患者以外も署名できる |
| ③毎年3月 | 全腎協が署名を国会議員に届ける(国会請願行動) |
| ④通常国会会期中 | 衆・参厚生労働委員会で審議・採決。採択されれば内閣へ送付 |
全腎協のウェブサイトでは、今日まで国会に請願してきた取り組みを「請願表」として公開しています。その歴史は、1971年(昭和46年)からすでに半世紀以上に及んでいます。
ここで、透析の時代背景を少しおさらいしておきましょう。
国民皆保険制度のもと、透析も医療保険の適用を受けられる建前でした。しかし当時は外国製の輸入装置や用品が高額で、「人工腎臓(ダイアライザ)」も絶対的に不足していました。
つまり、お金がある人だけが透析を受けられるという時代だったのです。自分の財産を売り払ってまで命をつないだ、という逸話が残るほどです。わたし自身も、透析歴の長い先輩患者さんからそんな話を聞かされました。
この背景を知ったうえで、第1次(1971年)の請願事項を見てみましょう。
第1次(1971年)の請願事項を見てみると——「夢物語」が「ふつう」になった

| 当時の請願事項 | その後どうなったか(現状) |
|---|---|
| ① 人工透析の治療費を全額国庫負担に | 健康保険の長期高額疾病(特定疾病・マル長)として、現在は月1万円(一定以上所得者は2万円)の自己負担で済むようになった |
| ② 人工透析患者に身体障害者手帳の交付を | 1971年に身体障害者福祉法の対象に。1972年10月から更生医療で担うこととなり、医療費負担が大きく軽減された |
| ③ 人工腎臓の増設・普及を | 現在の日本は透析医療技術で世界トップレベルに。誰でも透析を受けられる環境が整備されている |
| ④ 長期療養者の治療費・生活保障を | 当時の月平均収入は約10万円に対し、透析費用は月25万円以上。国民皆保険があっても実質払えなかったが、制度の整備で改善 |
| ⑤ 医療制度・医療体制・社会保障の改善を | 現在の透析医療費は年換算で約480万円/年(月約40万円)。それでも患者の自己負担は月1〜2万円で済んでいる |
当時「請願するほかない夢物語」だったことが、今わたしたちの「ふつう」になっています。これはまさに先人たちの声の結晶なのです。
第1次(1971年)以降の請願事項を振り返ると、時代の変化がくっきりと見えてきます。
1975年(昭和50年)には「身体障害者法 腎機能障害に2・5・6級新設を」「家庭透析・腎臓移植(提供者)の医療保険適用」「透析患者の国鉄運賃割引適用」「路上駐車許可証の全国的発行」などが盛り込まれていました。
どれも、今では「ふつう」にある医療・福祉・サービスばかりですね。
わたしが特に気になったのが、第2次(1972年)から続く「働けるすべての腎疾患患者の社会復帰促進」という請願です。ほぼ毎年「仕事」「就職」「雇用」に関する請願が行われていることに気づかされます。
日本の経済史を眺めれば、バブル崩壊・平成不況・失われた20年・リーマンショック・コロナ・ショック……と、決して平坦ではありませんでした。わたし自身も20代後半で透析を導入し、いわゆる「氷河期世代」にあたり、逆風のなかで転職活動に長い時間がかかりました。
透析患者にとって「仕事」の問題は、いつの時代も厳しい課題であり続けているということを、請願表を見て改めて感じます。今の仕事ができることに感謝しながら、「好条件でない限り自分から辞めない」「今の会社に食らいついていく」という気持ちで日々を過ごしています。
| 時期 | 主な請願テーマ | 時代背景 |
|---|---|---|
| 1970年代 | 治療費の軽減・身障者手帳の交付・人工腎臓の増設・社会復帰促進 | 透析患者が約1,000人。治療を受けられること自体が課題 |
| 1980〜90年代 | 障害等級の見直し・移植への保険適用・運賃割引・駐車許可証 | 患者数増加・QOL向上への声が高まる |
| 2000年代 | CKD対策・糖尿病性腎症予防・通院困難者支援・高齢化対策 | 患者の高齢化・糖尿病性腎症の増加が顕著に |
| 2010年代〜現在 | 再生医療研究・介護保険活用・災害時透析確保・医療スタッフ不足解消 | 大規模災害の頻発・人手不足・再生医療への期待 |
昭和末期から平成にかけて、社会全体で少子高齢化が問題になりました。透析患者でも同じです。「腎臓病の原因究明・CKD対策・糖尿病性腎症予防の研究推進」や「通院困難な透析患者への施設・在宅サービスの拡充」が請願事項に盛り込まれるようになっています。
わたしも透析を導入してから20〜40代という各年代を渡り歩いてきましたが、いずれは定年を迎え、運転もままならない年齢になるのだろうなあと感じています。すでに「通院困難者」という言葉が、他人事ではなくなってきています。全腎協でも同様のアンケート調査を行っています。
「看護師・ヘルパーといった医療・福祉スタッフの不足解消と増員対策」も、請願事項に繰り返し登場します。これも、透析医療の現場で肌感覚として感じている問題です。2024年4月より、医師の働き方改革の新制度が施行されているわけですが、このような「働き方改革」が医療・福祉の現場にどう波及していくのか。良い方向に進んでほしいと切に願います。
阪神淡路大震災・東日本大震災・西日本大豪雨・令和元年台風19号、熊本地震に能登半島地震……。立て続けに大きな災害が起きています。わたし自身、東日本大震災で被災し、一時期「透析難民」になりました。令和元年台風19号の際も危うかったですが、その際に被災した透析患者を受け入れたわたしの病院はベッドが満床になりました。
「どこで大災害が発生しても透析治療を受けられるようにする」というのは、わたしたち透析患者にとって、文字どおり命に関わる請願です。
参照:「【透析患者の災害対策とは?】自宅・会社で起きたら!備えは!」
2025〜2026年の動き——「ふつう」を守る闘いは今も続いている

「声を上げ続ければ実現できる」——過去の請願の歴史が証明してきたことです。しかし一方で、「声がなければ制度が守られない」という現実もあります。
2025年3月19日、全腎協の第55次国会請願行動が東京・国会周辺で行われました。全国の都道府県腎協代表が各国会議員の事務所を訪れ、署名簿を手渡しました。その後、通常国会会期中に衆参両議院の厚生労働委員会で採択され、内閣へ送付されました。
第55次の主な請願事項は、腎疾患の発症・重症化予防、介護保険の活用、通院困難患者の通院保障、災害時透析確保、再生医療の研究促進——といった内容です。これらは一見、以前と同じテーマに見えますが、毎年請願するからこそ制度が維持・改善され続けているのです。
2026年7月、透析患者にとって見逃せない動きがありました。特定疾病(マル長)の見直し議論です。
特定疾病(マル長)とは?
健康保険法に基づく制度で、人工透析を必要とする慢性腎不全などの患者の医療費自己負担額を、月1万円(高所得者は2万円)に抑える制度です。透析医療費は月約40万円にもなりますが、マル長によって患者の実質負担は大きく軽減されています。
この制度の見直しが議論されるということは、透析患者の医療費負担が増える可能性があるということです。
全腎協はこの見直し議論を受けて、2026年7月に厚生労働副大臣への意見書手交を行いました。これはまさに請願権の行使であり、「声を届け続ける」活動の最前線です。
先人が半世紀をかけて実現させた「月1万円の自己負担」という制度も、声がなければ変わりうる——それを今の時代に改めて実感させられる出来事でした。
1971年(昭和46年)の第1次請願事項を中心に振り返ってきました。
透析を始めてはじめて、医療保険のしくみや福祉・税のことを知る方は多いと思います。それらは今や「ふつう」にあるものですが、その「ふつう」は先人たちが何十年にもわたって国会に声を上げ続けた、努力の結晶です。
全腎協の情報によると、国会に提出された請願が採択される割合は、衆議院で3.5%、参議院で7.3%(第186通常国会時点)という厳しい現実があります。
それでも声を上げ続けることが大切です。なぜなら、時代に合わなくなった法律・制度・サービスは、声がなければ改悪・廃止されることがありうるからです。
率直に言えば、年齢を重ねるにつれて兄弟姉妹とは疎遠になり、「署名がなかなか集まらなくなったなあ」と感じることもあります。署名数のピークは2003年(平成15年)の約110万名でしたが、個人情報保護法(2003年成立・2005年全面施行)の影響もあり、近年は大きく減少しています。第51次(2022年)では344,366筆まで落ち込みました。
| 時期(次数) | 署名数の目安 | 主な背景 |
|---|---|---|
| 1971年(第1次) | 約2万7千筆 | 全腎協結成の年。透析患者約1,000人 |
| 1980年(第10次) | 約33万4千筆 | 患者数・認知度が急増 |
| 1990年(第20次) | 約75万4千筆 | バブル期。患者・家族・職場の同僚も署名に参加 |
| 2001年(第30次) | 約104万5千筆(ピーク) | 2003年まで100万筆台を維持 |
| 2013年(第42次) | 約90万8千筆 | 個人情報保護法施行後も根強い署名数 |
| 2022年(第51次) | 約34万4千筆 | 新型コロナの影響で集会中止が続いた |
それでも、署名活動・国会請願は、腎疾患を抱える透析患者にも認められた国民の権利です。
透析患者だけでなく、家族や友人にも声をかけて署名を広げることが、わたしたちの医療・福祉を守ることにつながります。今後も協力し続けていきたいと思います。
全腎協「国会請願の署名活動 多くの声を国政の場に届けましょう」
下記は、第49次・2019年(平成31年/令和元年)の請願書の請願事項です。
請願事項(第49次・2019年)
1. 腎疾患の発症と重症化予防に向けた総合的な対策が進むように努めてください。
2. 介護が必要な腎臓病患者が介護保険を利用できるように検討してください。とりわけ通院困難な透析患者の通院を保障する体制の公的な整備を検討してください。
3. どこで大災害が発生しても人工透析治療を受けることができるように努めてください。
4. 腎臓病に対する再生医療の研究が進むように努めてください。
引用:「腎疾患総合対策の早期確立を要望する請願書」一般社団法人全国腎臓病協議会
参照:「透析の医療費は高い!しくみは知っておいたほうが良い理由。」
参照:「透析【特定疾病(特例)】手続きは必須!月額1万か2万円に。」
参照:「透析前後でも身体障害者手帳は申請できます。窓口で確認して!」