2020年1月20日

更新日: 2026年9月20日

今回は2020年1月19日の山形新聞「19歳から透析 生きたいの50年」の記事から、月日も経ちましたので、改めてじっくりと向き合ってみたいと思います。
記事の主人公は山形市在住の渋谷悦子さん(記事掲載当時69歳)。10代から透析を導入し、昭和・平成・令和と時代をまたいで半世紀にわたって治療を続けてきた方です。渋谷悦子さんから学べることは、数字や医学的な話だけにとどまりません。「不安よりも生きることに必死だった」というその一言に、透析と向き合うすべての人へのメッセージが込められていると、私は思います。
20年超透析を行っている私が今読み返しても、当時と変わらず刺さるものがありました。この記事では、渋谷悦子さんの言葉と透析の現在を、最新のデータと合わせてお届けします。
「山形市の渋谷悦子さん(69)が、治療50年を迎えた。日本透析医学会の統計では透析歴40年以上の人は全体のわずか0.3%。50年は全国で10人程度という」「病とともに前向きに生き続ける姿は患者だけでなく、医師や看護師らにとっても「希望」となっている。」https://t.co/s7WfAbAQFT
— 加藤徹(KATO Toru) (@katotoru1963) January 19, 2020
私は20年超透析を行っている会社員ですが、記事中の渋谷悦子さんは透析治療歴50年ということで、大先輩です。
日本透析医学会の統計によれば、透析歴40年以上の人は全体のわずか0.3%。そして50年となると全国で10人程度。渋谷悦子さんはその10人のうちの一人だったのです。
不安よりも「生きることに必死だった」。
透析導入が10代と若かったうえに、渋谷悦子さんの生きることへの見て取れる「執念」というものだったのでしょう。この「執念」というものが、記事中にある「腎友会」という透析患者の活動であったり、治療費補助や障害者年金給付など権利確立のための国会請願を行ってきたということなのですね。
参照:「署名活動とは|請願は国民の権利。腎疾患、透析患者であっても!」
渋谷悦子さんは昭和、平成、令和と時代を渡って透析をしていることになります。直接お会いしたことはないですが、仕事や家庭、家族との関わり方など、どのようになさってきたのか、お話しができるといいなと思いました。
この記事を書いている2026年現在、渋谷悦子さんに関する公式な続報は確認できていません。山形新聞の記事(2020年1月)以降、インタビューや講演などの公開情報は見当たりませんので、プライバシーに配慮した方がよい状況であると判断しています。
日本透析医学会の2024年統計調査(2024年12月31日現在)によると、国内の慢性透析患者の総数は337,414人でした。2021年をピークに減少傾向が続いており、2024年は前年比6,094人減(1.8%減)となっています。
| 項目 | 数値 | 前年比 |
|---|---|---|
| 慢性透析患者 総数 | 337,414人 | 6,094人減(1.8%減) |
| 新規透析導入患者数 | 36,404人 | 2,360人減(6.9%減) |
| 透析患者 死亡数 | 38,348人 | 275人増(0.7%増) |
| 人口100万人あたり患者数 | 2,725.4人 | 37.0人減 |
出典:日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(2024年12月31日現在)」
ざっくり言うと、日本では国民の約367人に1人が透析患者という計算になります。身近な数字ですよね。
2024年6月に新潟大学・福島県立医科大学・日本大学などの研究グループが発表した研究(学術誌「American Journal of Kidney Diseases」掲載)では、日本透析医学会統計調査データベースの2018年データを解析した結果が明らかにされています。
| 区分 | 人数・割合 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 50歳以上の透析患者 総数 | 227,136名 | — |
| 透析歴30年以上 | 5,510名(2.4%) | 世界的にも稀な長期透析 |
| 透析歴40年以上 | 全体の約0.3%(当時) | 全国で数百人規模 |
| 透析歴50年前後 | 全国で10人程度(2020年時点) | 渋谷悦子さんはその一人 |
※透析歴40年以上の0.3%は2020年当時の報道値。2024年時点でこの割合が変動している可能性があります。
この研究でわかったことは、日本は世界でも類を見ないほど「超長期透析患者」が多い国だということ。日本の透析医療の水準の高さを示す一方で、長期化するほどフレイル(体の衰え)や寝たきりのリスクが高まることも確認されました。
また、透析歴30年以上の患者の特徴として、男性の割合が少なく、糖尿病の合併が少ない傾向にあることも示されています。渋谷悦子さんが女性で先天性の腎疾患(糖尿病性ではない)であったことは、この傾向と一致します。
渋谷悦子さんが透析を始めたのは19歳のとき(1970年頃)。当時は今以上に若年での透析導入例が限られており、治療環境も現在とは比べものにならないほど厳しいものでした。では、現在はどうでしょうか。
日本透析医学会の統計では、新規透析導入患者の年齢分布も公表されています。主たる導入層は60〜70代(糖尿病性腎症や腎硬化症が原因の高齢者)ですが、30歳未満での導入例も毎年一定数存在します。具体的な直近年の10代・20代の人数については統計書の詳細ページで確認できますが、全体に占める割合は1%未満程度とされています(私の場合は、大学生のときの健康診断でたんぱく尿が出て、食事療法や服薬を行って透析を遅らせた経緯があります。腎生検の結果、先天的な「低形成腎」によるものとわかりました)。

| 原因疾患 | 特徴 | 発症年齢 |
|---|---|---|
| 先天性腎疾患・低形成腎 | 生まれつきの腎機能障害 | 幼少期〜10代 |
| 慢性糸球体腎炎(IgA腎症など) | 免疫異常による腎炎 | 10〜30代 |
| 遺伝性腎疾患(アルポート症候群など) | 遺伝子異常による腎障害 | 10〜30代 |
| ネフローゼ症候群 | タンパク尿が主症状 | 小児〜成人 |
※高齢者に多い糖尿病性腎症・腎硬化症とは異なり、若年発症は先天性・遺伝性・免疫性の疾患が多い傾向があります。
渋谷悦子さんが若くして透析を導入した時代と比べると、医療環境は大きく改善されました。しかし、10代・20代で透析を始めることの社会的なハードルは、今も決して低くはありません。透析患者やその支援者の声、医療現場からの報告を整理すると、主に以下のような悩みが挙げられます。

| 場面 | 主な悩み・課題 |
|---|---|
| 学校・就職活動 | 週3回×4〜5時間の透析通院により、授業や試験、インターンシップとの両立が難しい。就職活動で病気・障害の開示をどうするか迷う |
| 職場・キャリア | α世代を含むZ世代の職場環境・キャリアは明らかに変化し、売り手市場へ(氷河期世代などは雇用状況によってはより厳しい)。 |
| 恋愛・結婚・出産 | 恋愛・結婚は可能。Z世代は「男女共働き」がふつうになりつつあるものの、女性の男性パートナーへの収入面の聞き出しは相変わらず変わってはいない。いわゆる”条件””指標”のひとつ。パートナーへの病気・障害の打ち明けのタイミングも悩ましい。女性では妊娠・出産への影響(透析中の妊娠は可能だが「高リスク」) |
| 精神・心理面 | 同年代と比べての「なんで自分だけ」という孤立感が強い。透析は長期療養であるから、将来への不安感が募る |
| 経済面 | 医療費の自己負担(特定疾病制度の活用が必要。今後法・規則改正される可能性がないわけでもない) 障害年金・障害者手帳の申請など制度の把握が必要 |
| 旅行・趣味・自由な時間 | 透析のない日程での旅行には制限あり。遠隔地への旅行には「旅行透析」の事前手配が必要 海外旅行も可能だが、費用や事前手配は必要 |
私は、「天職だと感じていた介護職は続けたい」という気持ちはありましたが、療養することが優先と言われ、透析の準備も考えておいてと医師から言われたとき、「ほかの福祉業の仕事はないのか」と気かけながら退職することになりました。療養期間は自宅で休むこともありました。慢性腎臓病のステージ分類でいうところのG4~G5(末期)であり、状態・対応としては、高度低下。腎代替療法(透析・移植)の準備を開始し、腎代替療法が必要。透析または腎移植の導入時期へ移っていく状況にありました。「尿毒症」の症状が現れ、食欲不振・吐き気・疲労感・集中力の低下・むくみなどがでてきます。
療養期間とは言いますが、そう療養している時間もありませんでした。透析導入までは先ににかかりつけの病院を決めてしまったからです。問題は転職探しです。今当時のことを振り返ってみれば、平成不況後の失われた10年の”序章”の中に入った頃で「透析患者+障害者」の身になったうえに、介護職から心身負担の少ない事務職を求めていました。パート・アルバイト採用は論外でした。
転職活動は1年弱と長期化してしまいました。(やっとの思いで仕事を見つけるもブラック企業。ハローワークの職員がこっそり教えてくれたのですが…。ただ、障害者の採用が無いということで…。)5年ほど勤めあげました。土日出勤もありましたがこれは、慣れっこでした。介護職と比較して給与額の高さに、こちらのほうがむしろ驚きました。これが、「業界間」にある平均賃金の違いなのだなあと感じました。事務職のメンターは見つけることはできましたが、残念ながら私の透析通院のための時間がおざなりになってしまい、高速道路を使ってでも通院することも出てきてしまい、これを契機に転職することを決めました。
そして、穿刺後は多少眠たくなります、いっそう仮眠です。仮眠をとったら、「透析中、いかに有意義に過ごすか」にこだわり続け、そのための資格勉強や趣味などいろいろやってきました。私はどうしても仕事よがりで持ち帰りたくなる性分で「氷河期世代」なので、何としてでも仕事に繋がるものだけは懲りず続けていかなければならないという強い意志を持ち続けていました。これが、20代後半から30代にかけての、透析中の私の姿でした。
若くして透析を始めた方が「自分のやりたいことを実現させるためにできること」として、近年注目されている選択肢がいくつかあります。

山形新聞の記事中にあった下記の部分も改めて、認識させられた部分でした。
私も透析を導入してから、20、30、40代と年代ごとに渡り歩いてきました。
30代にはリンの高い状況が続いて「副甲状腺ホルモンの分泌異常」で手術。また、この先繰り返し行っていくことになるPTA(経皮的血管形成術・経皮的シャント拡張術)も度々行いました。とにかく「仕事に支障を来さないように」と、週末に手術と透析を行い、状況次第では土日は入院して、翌週には通常どおり仕事に出られるようにしていました(これは当時病院と私との間での日時調整ができていたからです。しかし、20年超となった今は、役職にも就いている立場にもいるため、調整がなかなか利かなくなってきています。緊急・重要度の高いPTAならば、仕事どころじゃないですから、身体が優先。即会社は休みます!)。

“声”という部分でいうと、2011年3月の東日本大震災での被災や2020年末から世界を変えてしまったコロナ禍があげられます。年齢とともに感じうる身体的な変化=老化やより疲労感がでてきているのは感じていました。災害で透析が受けにくい状態に陥ったり、コロナ禍で健常者以上に「免疫力を高める」「コロナ禍にかからないよう徹底的に手洗いを行い、マスクはいつでもつけておく」「極力外には出ない」などの精神的・肉体的苦痛を感じることはありました。
仕事柄、どうしてもリモートワークできる部署でもないため会社へ出勤するわけでですが、ふだん自分の中で言い聞かせていた「透析うつにだけはなるなよ!」が、正しく今この状態に陥っているのではないかと、自分を疑ってしまうことがありました。長引くコロナ禍に、集団治療。ほかの透析患者さんから何かしら言われたりするのではないかといった不安感。実際にやってみた画面上でのリモートワークに続き、4.5時間も終始無言になってしまう透析時間。マスクをつけている、報連相すら発することが無い、刺激が無いことから、頭が変になっていきそうな感じ、胸の内でのモヤモヤ感がさまよっていましたね。

「合わない治療を続ければ命の危険が迫る。合わないものは合わないと医師に根気よく伝えるしかない」という、渋谷悦子さんがおっしゃる主張なのですが、東日本大震災やコロナ禍を通じて、読み方・受け止め方次第によっては変わってしまったのではないかと私は思っています。
1つ目。私の中では、こうして今日まで透析しながら仕事を続けてこれたのには、「できるだけ健康な状態を維持していくこと」が、自分のなかで落とし込んで意識化されており、続けていくことができていました。自分の周りには医師や看護師といった病院スタッフ、父母や兄弟姉妹の家族たち、会社での上司や同僚、部下の存在があってこそ…。
2つ目。私はもう一つのこう主張したい部分があります。東日本大震災やコロナ禍において、医師や看護師自身が被災し、感染した場面を、私は目の前にしました。彼らも私たちと変わらない、同じ人間です。そのような天災・非常時において、「患者だから主張する、患者だから通るべきだ」というのは、違うのではないかと思っています。
言葉では言い表しにくいのですが、制約のなかで我慢しなければならないとき、受け入れなければならないときが、確かにある。そしてそれは、昨今深刻化している医師・看護師不足の問題とも、根っこでつながっている気がしてなりません。渋谷さんの言葉は、平時においては間違いなく正しい。ただ「伝えれば通る」という前提が成り立たない現実も、私たちの日常に確かに存在するのです。
そのうえで、自分に合わない治療をされれば、結局害を・影響を受けてしまうのは医師や看護師ではなく、張本人である透析患者の「私」たちなのだということは変わりません。
透析をしている身としてやるべきことは、自分のことなのですから「最低限の透析の勉強はしてほしい」ということと、「調子がよくないとか、自分に合わない治療である」というのであれば、医師・看護師に、きちんと報告・相談を行うべきです。
参考:
「透析スタッフの役割とは┃コミュニケーションはとても大事!」
「血液透析の【手順・流れ】は確認しておいた方が良いです!」
渋谷悦子さんが透析を受けていた山形市の矢吹病院には、政金生人(まさかねいくと)先生という医師がいらっしゃいます。この先生が提唱されたのが、「Patient oriented dialysis(愛Pod計画)」という概念です。
「2009年夏,僕は透析治療の師匠である石崎允先生(永仁会病院,宮城県大崎市)をガンで亡くした。「患者は嘘を言わない。」「患者の言っていることの裏に,どんなメカニズムがあるのかを科学的に実証するのが医者の仕事だ。」石崎先生の言葉がヒントとなって,患者愁訴にフォーカスした透析治療;Patient oriented dialysis(愛Pod計画)のコンセプトができあがった。」

「患者は嘘を言わない」という言葉が、渋谷悦子さんの「合わないものは合わないと根気よく伝える」という姿勢と、見事に重なります。患者が自分の体の声を言語化して伝え、医師がそれを科学的に裏付ける。これが理想の透析医療のかたちであり、渋谷悦子さんが半世紀を生き抜いてきた秘訣の一つだったのではないかと、私は思います。
2024年6月、国際的な腎臓病の学術誌「American Journal of Kidney Diseases」に掲載された研究が国内でも注目されました。新潟大学・福島県立医科大学・日本大学などの共同研究で、透析歴が長くなるほどフレイル(体の衰弱)や寝たきりの頻度が高まることが、日本全国規模のデータで初めて示されました。
出典:Yamamoto S et al. American Journal of Kidney Diseases. 2024. doi:10.1053/j.ajkd.2024.04.012
この研究は、渋谷悦子さんのような長期透析患者がいかに希少で、かつ医学的にも重要な存在であるかを改めて示しています。また、長期透析を続けるにはフレイル(体の衰弱)対策・骨強化・感染管理など多面的なケアが不可欠であることも示唆されています。
2024年末の日本透析医学会統計によれば、国内の慢性透析患者数は2021年をピークに3年連続で減少。2024年は337,414人となり、前年より6,094人減少しました。これは、糖尿病性腎症の予防・早期治療が奏功してきたことや、SGLT2阻害薬などの新しい腎保護薬が普及してきたことが背景にあると考えられています。
ただし、透析患者数が減っているからといって腎臓病が「解決した」わけではありません。新規導入患者は今も年間約3.6万人(2024年)いますし、現在透析を受けている約33万7千人の方々にとって、治療を続けることの大変さは変わりません。
私も低形成腎という先天性の慢性腎炎から透析になって30年。高校生の時に導入しました。50年達成おめでとうございます。50年も生きられるというのは本当に相当努力なさったのですね。本当に凄い。先生方の仰ることもよく解ります。患者として心強いです。これからも頑張って下さい。
引用:Yahoo!ニュース(2020.1.19)
一番最初に見たコメントに、少々親しみを覚えました。この投稿者が男性か女性かはわからないですが、同じ「低形成腎」という先天性の慢性腎炎から透析になって30年経ったそうで…。透析歴からしたら先輩ですね。
渋谷悦子さんは当時、山形市の矢吹病院に週3回×5時間半の血液透析を受けているとのことでした。未曽有の東日本大震災のときに、矢吹病院は透析を受け入れを行っておりました。
今回の山形新聞の記事で、さまざまな方がコメントされています。YES・NO、ポジティブ、ネガティブ、歓声・批評なものまで。腎者エール!のなかでも、いろいろな視点から取り上げていきたいと思います。
最後に、私が渋谷悦子さんの透析50年という歩みから受け取ったメッセージを、改めて整理しておきます。
これは渋谷悦子さんのような透析歴50年という特別な方だけに当てはまる話ではなく、透析を始めたばかりの方にも、長年続けている方にも、同じように響く言葉だと思います。渋谷さんがくれた「希望」を、私たちも受け取っていきましょう。
・不安よりも「生きることに必死だった」
・「半世紀も治療に耐えてこられたのは、痛みや不調など自身の体の”声”をじっくり聞いてきたから」
・「合わない治療を続ければ命の危険が迫る。合わないものは合わないと医師に根気よく伝えるべし」