今回は2020年1月19日、山形新聞の「19歳から透析 生きたいの50年」の記事からです。
そして透析も、
・「半世紀も治療に耐えてこられたのは、痛みや不調など自身の体の“声”をじっくり聞いてきた」
・「合わない治療を続ければ命の危険が迫る。「合わないものは合わないと医師に根気よく伝える」べし
透析歴40年以上は全体わずか0.3%なのか・・・
「山形市の渋谷悦子さん(69)が、治療50年を迎えた。日本透析医学会の統計では透析歴40年以上の人は全体のわずか0.3%。50年は全国で10人程度という」「病とともに前向きに生き続ける姿は患者だけでなく、医師や看護師らにとっても「希望」となっている。」https://t.co/s7WfAbAQFT
— 加藤徹(KATO Toru) (@katotoru1963) January 19, 2020
私は現在40代の会社員で、透析歴も20年に向かっているところです。
記事中の渋谷さんは、透析治療歴50年ということで、大先輩ですね。
日本透析医学会の統計によれば、透析歴40年以上の人は全体のわずか0.3%。そして50年となると全国で10人程度。渋谷さんは10人のうちの一人なのですね。
不安よりも「生きることに必死だった」。
透析導入が10代と若かったうえに、渋谷さんの生きることへの見て取れる「執念」というものだったのでしょう。
この「執念」というものが、記事中にある「腎友会」という透析患者の活動であったり、治療費補助や障害者年金給付など権利確立のための国会請願を行ってきたということなのですね。
参照:「署名活動とは|請願は国民の権利。腎疾患、透析者であっても!」
渋谷さんは昭和、平成、令和と時代を渡って透析をしていることになります。
直接お会いしたことは無いですが、仕事や家庭、家族との関わり方など、どのようになされてきたのか、お話しができるといいなと思いました。
「透析の痛みや不調など自身の体の“声”をじっくり聞いてきた」
記事中にあった下記の部分も改めて、認識させられた部分でした。
「半世紀も治療に耐えてこられたのは、痛みや不調など自身の体の“声”をじっくり聞いてきたからだ。」
私も透析を導入してから、20、30、40代と年代を歩き渡ってきました。
・天職だと感じていた介護職も療養したり、透析導入が目の前となり色々と考えた結果辞めざる負えなくなったり。
・透析導入の前後は仕事探しが長期化しながらもやっとの思いで見つけ、透析のための通院がおざなりになってきたのを機に転職してみたり・・・。
・透析中にいかに有意義に過ごすかにこだわり、そのための資格勉強や趣味など、いろいろやってきました。
とはいえ、年齢も重ねていきましたし、身体のほうも当然さまざまな変化がありました(この先も当然出てきますよ)。
・30代。高リン状況が続いて「副甲状腺ホルモンの分泌異常」で手術。またPTAというシャント拡張手術では、仕事に支障を来さないようと、週末手術と透析、土日に休みになるようにいい意味で調整していましたね。
どうしても仕事よがりですが、自分は「氷河期世代」で、何としてでも仕事だけは辞めずに続けていかなければならない!という強い意志はありましたね。
古風な「男だから」ということを言う人がいるかもしれませんが。
なので、今日まで透析しながら仕事を続けられるのも、健康ではないけれども、「できるだけ健康な状態を維持していくこと」を、維持してきたからですね。
ふだんの生活だって、仕事だって、やりたい趣味だって、
「合わない治療を続ければ命の危険が迫る。「合わないものは合わないと医師に根気よく伝えるしかない」。
渋谷さんがおっしゃるところの、↑「これじゃないですか!」
自分に合わない治療をされても、結局害を、影響を受けてしまうのは医師や看護師さんでもなく、張本人である透析者の「私」なのですよね。
透析者は透析をしている身として、最低限の勉強はして欲しいですし、調子がよくないとか、自分に合わない治療であるというのであれば、医師・看護師さんに、きちんと報告、相談は行うべきです。
参考:
「透析スタッフの役割とは┃コミュニケーションはとても大事!」
「血液透析の【手順・流れ】は確認しておいた方が良いです!」
まとめにかえて
私も低形成腎という先天性の慢性腎炎から透析になって30年。高校生の時に導入しました。
50年達成おめでとうございます。50年も生きられるというのは本当に相当努力なさったのですね。本当に凄い。先生方の仰ることもよく解ります。患者として心強いです。
これからも頑張って下さい。引用:Yahoo!ニュース(2020.1.19)
一番最初に見たコメントに、少々親しみを覚えました。
この投稿者が男性か女性の方かは分からないですが、同じ「低形成腎」という先天性の慢性腎炎から透析になって30年・・・経ったそうで。
私と同年代ですし、透析歴からしたら先輩ですね。
渋谷さんは現在、山形市の矢吹病院に週3回×5時間半の血液透析を受けているそうで・・・。
私も未曽有の東日本大震災のときに、透析を受け入れていただいておりまして、大変お世話になりました。
透析者の方ならご存じかと思いますが、「愛pod~あいぽっど~」という病院から透析者への愁訴の傾向を知るための調査を作ったのが、記事中にあった政金生人先生なのですね。
患者視点の新しい透析治療―わかりやすい計画から実際の処方まで
「2009年夏,僕は透析治療の師匠である石崎允先生(永仁会病院,宮城県大崎市)をガンで亡くした。「患者は嘘を言わない。」「患者の言っていることの裏に,どんなメカニズムがあるのかを科学的に実証するのが医者の仕事だ。」石崎先生の言葉がヒントとなって,患者愁訴にフォーカスした透析治療;Patient oriented dialysis(愛Pod計画)のコンセプトができあがった。」
今回の山形新聞の記事で、さまざまな方がコメントされています。YES・NO、ポジティブ、ネガティブ、歓声・批評なものまで・・・。
腎者エール!のなかでも、いろいろな視点から取り上げていきたいと思います。
・不安よりも「生きることに必死だった」