2019年11月23日

更新日: 2026年9月19日

3Dプリンターと聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
私は映画『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』に登場した、相手の顔を立体的に再現する変装用マスクを思い出します。映画好きなので映画や舞台といった世界の中だけの技術だと思っていました。が、今や工業製品のみならず、医療の研究にも使われているのですね。
しかも家庭用3Dプリンターもあって、趣味としてフィギュアや模型やミニチュア、ジオラマなどを作っている方もいます。Amazonの3Dプリンターを見ていますと、評価的に著名なメーカーになったところもあったり、機能的な進化を遂げていることが見てとれます。
今回の内容ですが、透析患者本人の細胞を使い、バイオ3Dプリンターで血管状の組織を作る研究という内容になります。
私は現在、自分の血管で作った内シャントを使用しています。しかし、20年超もの透析を行っていると、年齢を重ねるにつれて穿刺できる場所が少しずつ限られてきたなあ~とも感じます。「いつか人工血管を使う日が来るのだろうか」と考えることもありますね。
そのため、「バイオ3Dプリンターで人工血管を作った」というニュースには、正直驚きました。と同時に、これはもう透析患者が使える治療なのか、現在の人工血管とは何が違うのか、実用化までどれくらいかかるのかなど様々な疑問も湧いてきました。
佐賀大、バイオ3Dプリンターで人工血管作製 患者由来細胞で世界初、透析患者への移植臨床研究へhttps://t.co/pfzDQ9KWI5
— 日刊工業新聞電子版 BizLine (@Nikkan_BizLine) November 13, 2019
2019年、佐賀大学の研究グループが、透析患者本人から採取した細胞を使い、バイオ3Dプリンターで血管状の組織を作製したことが報じられました。注目されたのは、単に管の形を作ったからではありません。金属や合成樹脂の足場を使わず、細胞を集めて立体化した点に特徴があります。
研究で用いられた「剣山方式」では、培養した細胞を小さな球状のかたまりにし、設計データに従って細い針へ一つずつ配置します。隣り合った細胞同士がつながった後に針を抜き、管状の組織へ育てます。
家庭用3Dプリンターのように、溶かした樹脂を積み重ねるわけではありません。設計どおりに細胞を並べ、細胞が持つ「互いにつながろうとする力」を利用する点が、バイオ3Dプリンターの面白さです。
| 比較項目 | 一般的な3Dプリンター | バイオ3Dプリンター |
|---|---|---|
| 主な材料 | 樹脂、金属など | 生きた細胞や生体材料 |
| 作るもの | 部品、模型、器具など | 血管、軟骨、皮膚などの組織 |
| 大きな課題 | 強度、精度、材料費 | 細胞の生存、安全性、品質、長期耐久性 |
自分以外の組織が体内に入ると、免疫はそれを異物と判断して反応することがあります。臓器移植で免疫抑制薬が必要になるのは、移植された臓器に対する拒絶反応を抑えるためです。
一方、患者本人の細胞から作る組織には、異なる人の細胞を使う場合よりも強い免疫反応が起こりにくいという期待があります。ただし、「本人の細胞なら拒絶反応も合併症も絶対に起こらない」とは言えません。
培養の過程で細胞が変化していないか、細菌などが混入していないか、移植後に血管として十分な強度を保てるか、血栓ができないかなど、確認すべき項目は多数あります。免疫面の利点が期待できることと、安全性が証明されたことは別問題です。
血液透析では、毎分およそ200mL前後の血液を体外へ送り、きれいにして体内へ戻します。そのため、通常の採血よりも多くの血液を安定して流せる「バスキュラーアクセス」が必要です。一般にシャントと呼ばれますが、厳密には複数の種類があります。
| 種類 | 仕組み | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 自己血管内シャント | 自分の動脈と静脈をつなぐ | 感染や血栓が比較的少なく、第一候補になりやすい |
| 人工血管内シャント | 人工の管で動脈と静脈をつなぐ | 自己血管が使いにくい場合の重要な選択肢 |
| 動脈表在化 | 動脈を皮膚に近い位置へ移す | 心機能や血管の状態などを考えて選ばれる |
| 長期留置カテーテル | 太い静脈に管を入れる | ほかのアクセスが難しい場合などに用いられる |
自己血管内シャントが作れない、あるいは何度も手術をして使える血管が限られている場合には、人工血管内シャントが候補になります。米国国立糖尿病・消化器・腎疾病研究所も、適切な静脈が使えない場合に人工血管が選択肢となり、自己血管内シャントより感染や血栓の問題が起こりやすいと説明しています。
人工血管は「失敗した人が仕方なく使うもの」ではありません。血管の太さ、狭窄の場所、心臓の働き、糖尿病の有無、これまでの手術歴、生活状況などを総合して選ぶ治療法です。自己血管にこだわりすぎて穿刺できる場所を失ったり、カテーテルに頼る期間が長くなったりするより、計画的に人工血管を作るほうが適切な場合もあります。
現在の人工血管には、主にePTFEと呼ばれる合成素材などが使われます。自分の静脈が細い場合にも透析用の血流路を作りやすく、製品によっては自己血管内シャントより早い時期から穿刺できる点が利点です。
これらが人工血管を使えば必ず起こるわけではありません。心臓への負担は人工血管だけの問題ではなく、自己血管内シャントでも血流量が多ければ起こり得ます。適切な手術、穿刺、日常管理、定期的な評価によって人工血管を長く使える人もいます。
本人由来の細胞でできた血管が体内で生きた組織としてなじみ、修復や再構築が進むなら、従来の合成人工血管とは違う選択肢になる可能性があります。単なる「管」ではなく、時間とともに自分の組織に近づく血管を目指せる点が魅力です。
合成素材の人工血管では、人工物の表面に細菌が付着して膜を作ると、抗菌薬だけでの治療が難しくなる場合があります。細胞だけで作った血管で人工材料を残さずに済むなら、感染面で有利になる可能性があります。
ただし、これは現段階では「期待される利点」です。作製中の汚染、手術部位の感染、穿刺による感染までなくなるわけではありません。感染率が本当に下がるかどうかは、人に移植した後の長期データで判断する必要があります。
3D設計の利点は、必要な太さや長さ、形状を調整できる可能性があることです。将来、画像検査の情報と組み合わせて、一人ひとりの血管の状態に合わせた血管を作れるようになれば、手術の選択肢が広がるかもしれません。
ただし、「自由な形に印刷できる」ことと、「繰り返し針を刺して長期間使える」ことは同じではありません。透析用血管には、毎週繰り返される穿刺、止血時の圧迫、強い血流、血圧変化に耐える性能が求められます。

「バイオ3Dプリンターで人工血管を作った」というニュースを見て、「数年後には誰でも自分の血管を印刷できる」と受け取るのは早計です。細胞製人工血管が一般診療に入るまでには、少なくとも次の課題を解決しなければなりません。
| 課題 | 確認が必要な内容 |
|---|---|
| 強度 | 移植時や高い血流で破れないか、こぶができないか |
| 開存性 | 狭窄や血栓で詰まらず、長期間血流を保てるか |
| 穿刺耐久性 | 週3回程度の反復穿刺と止血に耐えられるか |
| 製造期間 | 細胞採取から培養、立体化、品質検査まで何週間・何か月かかるか |
| 品質の安定 | 年齢や持病で細胞の状態が違っても、同じ品質で作れるか |
| 費用と供給 | 必要な患者へ届けられる価格と体制になるか |
細胞を使った製品は、通常の医療材料より製造と保管が複雑です。患者ごとに作る場合、緊急でシャントが必要になってからでは間に合わない可能性があります。どの段階で細胞を採取し、完成までの間にどのアクセスを使うのかという計画も必要です。
ここまで読んで、「2019年の発表から年数がたっているのに、その後の動きはないのか」と疑問を持つ人もいるでしょう。私も改めて、厚生労働省が公開している特定認定再生医療等委員会の審査履歴と議事録を確認しました。
結論から言えば、研究開始の発表だけで止まったわけではありません。少なくとも1症例目まで臨床研究が進んだことが、公表資料から確認できます。
一方、順調に症例数を増やし、実用化へ近づいているとも言えません。1症例目の後に疾病報告が提出され、研究計画書や患者向け説明文書の見直しが続きました。2025年末の時点でも、次の症例へ進むことには慎重な判断が示されています。
| 時期 | 公開資料から確認できた内容 |
|---|---|
| 2019年11月 | 佐賀大学、サイフューズ、AMEDが、透析患者本人の細胞から作製した人工血管を移植する臨床研究の開始を発表 |
| 2020年8月 | 1症例目に関する疾病報告を審査。改善点に留意しながら研究を継続することは認められた |
| 2021年1月 | 委員会が、1症例目の情報は安全性に関わる重要な情報であると指摘。今後参加する患者へリスクを十分に説明するよう求めた |
| 2021年10月 | 疾病報告を踏まえた対策が検討された一方、研究計画書と説明同意文書の変更は継続審査となった |
| 2023年8月 | 研究計画書や説明同意文書について、さらなる検討と整理が必要として継続審査となった |
| 2025年1月 | 変更申請が適合となるまでは、次の症例へ進まないことが確認された |
| 2025年12月 | 報告期間中の実施症例数は0件。研究期間の変更は認められたが、研究の継続実施については継続審議となった |
疾病報告という言葉を見ると、「人工血管で重大な事故が起きたのではないか」と不安になるかもしれません。しかし、疾病報告が提出されたという事実だけで、細胞製人工血管が原因だったとは断定できません。
再生医療の臨床研究では、研究との因果関係が明確でない体調変化や病気についても、安全性を確認するため報告と審査が行われます。今回公開されている議事録には、具体的にどのような症状が起きたのか、細胞製人工血管との因果関係がどの程度認められたのかまでは記載されていません。
したがって、「危険性が証明された」「安全性に問題はなかった」とするのには、行き過ぎです。公表資料から確実に言えるのは、1症例目の情報を受けて改善点や説明方法が検討され、その後の症例へ慎重に進む姿勢が取られたということです。
最も重要なのが、2025年12月1日に開かれた特定認定再生医療等委員会の審査結果です。
議事録によると、今回の報告期間中に実施された症例数は0件でした。研究期間の変更自体は「問題なし」とされましたが、継続審議となっている提供計画の変更について、委員会が問題ないと確認するまでは次の症例へ進まないよう求められています。
さらに、研究の継続実施についても「継続審議」とされました。これは研究中止の決定ではありません。しかし、新しい患者への移植を次々に進めている状況でもありません。
2025年末時点の正確な捉え方
研究は中止されたと公表されていません。少なくとも1症例目の後、安全性に関する情報と研究計画を慎重に検討しており、次の症例へ進めていない段階なだけです。
一方で、開発企業のサイフューズは、現在も血管再生を開発パイプラインに掲載し、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の支援のもとで佐賀大学医学部附属病院と臨床開発を進めていると説明しています。このため、「研究が完全に止まった」「開発を断念した」と結論づけることもできません。
結論から言えば、現時点で一般の透析施設における標準的に選べる治療ではありません。
2019年の発表から一定の年月が経過しているため、もう実用化が近いように感じるかもしれません。しかし、細胞製人工血管を作製できること、最初の患者へ移植できること、長期間安全に透析で使えること、承認を受けて全国へ供給できることは、それぞれ別の段階です。
臨床研究では、少人数で安全性を確認したうえで、症例数を増やして有効性や耐久性を評価しなければなりませんし、その後には製造方法、品質管理、輸送、費用、医療機関への供給体制などを整えなければなりません。
2019年から時間がたったことを「もうすぐ使える証拠」と見るより、細胞だけで作る人工血管の臨床応用が、それだけ慎重さを要する開発なのだ、と受け止めるほうが現実的です。
私自身、20年超透析を行ってきたなかで、穿刺できる範囲が以前より狭くなってきた気がしてならないし、同じ場所ばかりに刺すことを避けたくても、血管の深さ、痛み、たまに発生してまう狭窄などによって、使いやすい場所が限られることもあります。
「今のシャントが使えなくなったら、次は人工血管なのだろうか」と不安になるのは、私だけでなくほかの透析患者さんもきっと同じ思いにあり、自然なことだと思います。人工血管になるかどうかですが・・・、
こうした条件を確認したうえで、自己血管、人工血管、動脈表在化、カテーテルなどを比較していきます。透析患者は医師とも相談のうえ、「自分にとって安全で安定した透析を続けられるアクセスは何か」で考えることが重要です。
将来の選択肢を聞くことは、すぐ手術を決めることではありません。現状を知り、次の一手を準備するための相談です。
CTや超音波などの画像をもとに患者の血管を立体模型にできれば、狭窄や曲がり方を手術前に把握しやすくなります。医師の手術計画だけでなく、患者への説明や若手医療者の訓練にも役立つ可能性があります。
バイオ3Dプリンターは、患者の体格や血管の位置に合わせた手術用ガイド、固定具、トレーニング模型などにも応用できます。ただし、体内に入れる器具は安全性や滅菌性の確認が必要で、自由に作ってそのまま使えるわけではありません。
腎臓を立体的に再現する研究も進んでいます。しかし腎臓は単なる袋やフィルターではありません。確かにそのような形・機能を持ってはいますが、細かな血管網、尿を作る構造、ホルモンを調節する働きなどが複雑に組み合わさっているのです。
研究用の小さな腎組織を作ることと、移植できる大きさの腎臓を作ることには大きな差があります。近い将来すぐに人工腎臓が完成して透析が不要になる、とまでは言えません。一方で、薬の効き方や毒性を調べる組織モデルとしては、治療法の開発を支える可能性があります。
新しい技術への期待はあります。しかし、研究中の治療を待つために、現在必要な検査や治療を先延ばしにしてはいけません。私たちが今日からできるのは、今あるシャントの変化に早く気づき、必要なときに医療スタッフへ伝えることです。
音や振動の変化だけで狭窄の有無を自己診断することはできませんが、いつもとの違いに気づく手掛かりになります。急に音や振動が消えた、腕が強く腫れた、赤みや熱がある、出血が止まりにくい、指先が冷たく痛む場合は、次の透析日まで待たずに施設へ連絡してください。
シャント側の腕で血圧を測る、重い荷物を長時間ぶら下げる、腕枕をする、締め付けの強い服や腕時計を着けるといった行動は避けます。透析後の血圧低下や脱水もシャント閉塞に関係することがあるため、除水量やドライウェイトについては自己判断せず、医療スタッフと相談します。
穿刺しやすい場所に偏り続けると、皮膚や血管の一部へ負担が集中します。刺せる範囲が狭くなってきたと感じたら、看護師や臨床工学技士へ率直に伝え、穿刺場所のローテーションやエコー下穿刺が可能かを相談しましょう。
シャント運動も、すべての人が強く握ればよいわけではありません。術後の時期、狭窄、血流量、こぶ、心臓の状態によって適否が変わります。医師や医療スタッフから指示された方法と回数を守ることが大切です。
参照:「【シャント運動】「継続は力なり」。負荷にも十分に考慮して!」
透析用として実用化するには、血流を保つだけでなく、繰り返しの穿刺と止血に耐える必要があります。作製に成功したという報告であって、長期間の透析に使えることまで証明されたわけではありません。
感染リスクが下がる可能性は期待されますが、ゼロにはなりません。皮膚には細菌が存在し、穿刺や手術によって感染が起こる可能性は残ります。製造工程での衛生管理も必要です。
本人由来細胞を使う目的の一つは免疫反応を抑えることです。ただし、最終的な製品の構成や移植後の反応によって判断されます。「本人の細胞だから必ず免疫抑制薬が不要」と現段階で断定はできません。
一般診療として患者が細胞を保存しておけば治療を受けられる、という段階ではありません。民間の細胞保管サービスと、この研究による人工血管治療は全く異なります。
透析患者本人の細胞を使い、バイオ3Dプリンターで血管状の組織を作る研究は、長期透析で血管の選択肢が少なくなる不安に対し、新しい方向を示すものです。
私も20年超透析を行うなかで、穿刺できる場所が狭くなってきたと感じています。だからこそ、自分の細胞から作った血管を使える未来には大きな期待を持っています。
2019年の発表後、臨床研究は少なくとも1症例目まで進みました。しかし、その後は疾病報告を踏まえて研究計画や説明同意文書の見直しが続き、2025年末時点では次の症例へ進めていません。研究の中止が公表されたわけではありませんが、一般診療への実用化時期を見通せる段階でもありません。
作製に成功したというニュースと、透析患者が日常診療で安全に使えることは同じではありません。強度、血栓、感染、穿刺耐久性、製造期間、費用に加え、1症例目から得られた情報をどのように次の症例へ反映するかも重要な課題です。
未来の技術に期待しながらも、今のシャントの変化を観察し、早めに相談し、次のアクセスを計画しておくことが現実的な備えです。
3Dプリンターが透析医療へどこまで入ってくるのか、そして細胞製人工血管が私たちの新しい選択肢になるのか。期待だけでなく研究の進み具合も確かめながら、これからも注目していきたいと思います。
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