2019年10月20日

更新日: 2026年9月16日

透析を始めてから4〜5年ほどたったころの話です。
奥歯に違和感が出てきて、日がたつごとに痛みが増してきました。かかりつけの透析医には「何となく奥歯が痛い」とは伝えていたのですが、そのとき一番避けたかったのは——透析中に歯が痛みだして、4〜5時間そのまま耐え続けること。これだけは絶対に避けなければなりません。横になっていれば治るわけでもないですから。
仕事中についに奥歯が痛みだし、我慢できなくなりました。昼休みに飛び出して、会社近くの歯科に駆け込みました。
レントゲンを撮ってもらった結果、「親知らずが虫歯になっている」とのこと。しかも被せものが入っていた親知らずで、神経も生きていない状態だったことが後でわかりました。
親知らずとは? 永久歯(大人の歯)は概ね15歳前後で生えそろうと言われていますが、「親知らず」はもっとも後ろにある奥歯で、10代後半〜20代前半ごろに生えてきます。その名のとおり、親が知らないうちに生えてくることからそう呼ばれています。 奥の奥にあるため、歯ブラシが届きにくく不潔になりやすい。歯肉の炎症も起こりやすいのです。 正常に生えていれば比較的簡単に抜けますが、骨の中に埋まっていたり、根っこが複雑に曲がっていたりすると、歯肉を切開したり歯を削ったりする処置が必要になるため、治療に時間も手間もかかります。 |
透析患者であることはその場で歯科医師に伝えました。そのうえで、まずは「その場しのぎ」の処置——抗菌薬(化膿止め)と消炎鎮痛薬(痛み止め)を処方してもらいました。
「今すぐ抜きたい」という気持ちは正直ありましたが、それはできません。透析患者が抜歯をするには、まず透析医と連携したうえで計画的に進める必要があるからです——このことは、頭ではわかっていても、痛みのさなかにはなかなか受け入れがたいものがありました。
仕事が終わる頃には診療時間も終わっているし、会社近くの歯科へ通うには遠すぎる。透析のスケジュールとも合わせなければならない。そういった事情もあり、自宅と透析クリニックの両方に近い地元の歯科に替えることにしました。
ところが結果的に、親知らずの治療は地元の歯科では対応できないということになり、さらに専門の医療機関へ紹介してもらうことになりました。地域の一般歯科から、より高度な設備を持つ歯科口腔外科への紹介——これは透析患者にとっては珍しくない流れです。
透析患者が親知らずを抜歯する場合、ふつうの人と比べていくつかの「面倒くさい点」が重なります。私の場合、一番やっかいだったのは血圧の変動(起立性低血圧になりやすい)と、血液がサラサラになっていることによる出血しやすさでした。

| 特徴 | 理由・背景 |
|---|---|
| ①出血しやすい | 透析中は抗凝固薬(ヘパリンなど)を使用するため、血液が固まりにくくなっている。また血小板の機能も低下しやすい |
| ②感染しやすい | 免疫機能が低下しており、細菌への抵抗力が弱い。抜歯後の傷口から感染するリスクが健康な人より高い |
| ③傷の治りが遅い | 貧血・栄養不足・糖尿病合併などの影響で、抜歯後の創傷(傷)が治癒しにくい |
| ④合併症を多く持つ | 高血圧・糖尿病・心疾患など、複数の病気を併せ持っていることが多い |
| ⑤貧血傾向にある | 腎性貧血により体力・回復力が落ちていることが多く、処置後の負担が大きくなりやすい |
透析患者が出血しやすい最大の理由は、ヘパリン(抗凝固薬)の使用にあります。
血液透析では、血液を体の外に取り出して浄化します。このとき血液がチューブの中で固まってしまわないよう、血液を固まりにくくする薬(抗凝固薬)を使います。最もよく使われるのがヘパリンです。ヘパリンは透析終了後5時間ほどで肝臓で分解されますが、透析直後はまだ体内に残っています。
そのため、抜歯などの出血を伴う処置は、透析の翌日以降の非透析日に行うのが原則です(日本透析医会・日本歯周病学会のガイドライン)。
| タイミング | 推奨度・注意点 |
|---|---|
| 透析翌日(非透析日) | 最も推奨される。ヘパリンの影響がほぼ消えており、体も比較的安定している |
| 透析から時間がたった当日(5時間以上後) | 不可能ではないが、透析後の疲労もあるため推奨しない |
| 透析当日(透析直後・透析前) | 原則避ける。ヘパリンの影響で出血が止まりにくく、透析開始で出血が増大するリスクがある |
また、抗凝固薬とは別に、脳梗塞や心筋梗塞の予防として「抗血小板薬」(バイアスピリンなど)を服用している透析患者も多くいます。以前は抜歯の際にこれらの薬を一時中断することがありましたが、現在のガイドライン(日本口腔外科学会・日本有病者歯科医療学会 2010年版)では、原則として服用を継続したまま抜歯を行うことが推奨されています。なぜなら、薬を中断すると脳梗塞・心筋梗塞のリスクが高まるからです。
透析患者にとって感染症は、命に直結するリスクです。
日本透析医学会の最新統計(2024年末調査)によると、透析患者の死因の第1位は感染症(24.2%)、第2位が心不全(19.0%)、脳血管障害は第5位(5.1%)となっています。感染症による死亡は2022年以降第1位が続いており、増加傾向にあります。
| 順位 | 死因 | 割合 |
|---|---|---|
| 第1位 | 感染症 | 24.2% |
| 第2位 | 心不全 | 19.0% |
| 第3位 | 悪液質・尿毒症・老衰等 | 7.4% |
| 第4位 | 悪性腫瘍 | 7.4% |
| 第5位 | 脳血管障害 | 5.1% |
穿刺部分を清潔に保つよう口うるさく言われるのも、シャントへの感染リスクがあるからです。肺炎・インフルエンザなどの気道感染症、皮膚感染症、尿路感染症——透析患者はあらゆる感染症にかかりやすい体になっています。
口の中の細菌も例外ではありません。歯周病や虫歯を放置すると病原菌の巣が口の中にでき、そこから血流に乗って全身に広がるリスクがあります。
透析患者である私がつくづく感じたのは、歯科医と透析医の間に見えない壁があるということです。
透析クリニックで「最近、口の中のことで何か気になることはありますか?」と聞かれたことがある方は、おそらくほとんどいないでしょう。逆に、歯科医師が透析のことをよく理解しているかというと、専門外ということもあり、十分とは言えないケースが多いのも実情です。
実際のところ、日本では医師会・歯科医師会・薬剤師会の3会がそれぞれ独立して機能しており、医科と歯科の連携は構造的にも難しい側面があります。
だからこそ、透析患者・透析医・歯科医師の三者連携において、患者である自分が橋渡し役になることが大切なのです。

| やりとりの内容 | 誰が誰に伝えるか |
|---|---|
| 血液検査データ(凝固能・貧血・感染マーカーなど) | 透析医 → 歯科医師(紹介状・情報提供書) |
| 透析スケジュール・使用中の薬(ヘパリン・抗血小板薬など) | 患者自身 → 歯科医師(お薬手帳持参が便利) |
| 抜歯予定日・治療計画 | 歯科医師 → 透析医(連絡・確認) |
| 抜歯後の経過報告(止血状況・感染の有無) | 患者自身 → 透析医へ報告 |
私の場合、透析状況の共有から抜歯スケジュールの調整、その後の経過報告まで、かなりの部分を自分で両方の医師に橋渡ししていました。面倒に感じることもありましたが、自分の体のことだから、自分が一番積極的に動かなければならない——今はそう思っています。
痛みが出てから実際に抜歯するまでに、3か月ほどかかりました。「そんなに?」と思われるかもしれませんが、透析患者の抜歯にはそれだけの準備期間が必要なのです。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| ①応急処置 | 痛み止め・抗菌薬で痛みを抑える。この段階で透析医への報告も開始 |
| ②透析医への相談 | 抜歯を前提とした血液検査データの確認・体調評価。紹介状の準備 |
| ③地元歯科への転院 | 透析スケジュールに合わせて通いやすい歯科に変更。親知らずの状態を再確認 |
| ④専門医への紹介 | 透析患者の複雑な抜歯は地元の一般歯科では困難と判断され、口腔外科へ紹介 |
| ⑤抜歯スケジュール調整 | 非透析日・体調が万全な日・仕事の休みが合う日を3つ同時に満たす日程を調整 |
| ⑥抜歯実施 | 非透析日・体調万全・仕事を休んで実施。抜歯後は地元歯科でのケアに戻る |
非透析日であること、体調が万全であること、仕事を休める日であること——この3つが同時に揃う日を探す必要があります。当然ながら3か月という時間がかかってしまいました。
今回の記事で取り上げたのは親知らずの抜歯ですが、実は20年超透析を行っている私は、この間に上下の親知らず(計4本)をすべて抜歯しています。
最初は被せものが入っていた親知らずが虫歯になったことがきっかけでした。レントゲンで確認すると神経も生きていない状態で、そのまま置いておくリスクの方が高い——ということで抜歯を決断しました。その後も一本ずつ、体調と透析スケジュールを見ながら時間をかけて対処してきました。
透析患者にとって歯のトラブルは「いつかそのうち」ではなく、「感染症の入り口」として早めに対処すべき問題です。口の中に虫歯・歯周病を放置することは、全身の感染リスクを高めることに直結します。
私の実体験と、専門機関の情報をもとに、透析患者が歯科を受診する際に知っておくべき注意点をまとめます。
| 準備すること | ポイント |
|---|---|
| 透析医に事前に相談する | 抜歯などの処置を予定している場合は、必ず事前に透析医に伝え、血液検査データや体調を確認してもらう |
| 紹介状を持参する | 初めて歯科を受診する際は、透析クリニックからの紹介状を持参することが強く推奨される |
| お薬手帳を持参する | ヘパリン・抗血小板薬・降圧剤など、使用中の薬を歯科医師が把握できるようにする |
| 透析スケジュールを伝える | 何曜日に透析をしているかを伝えることで、非透析日に処置の予約を入れてもらいやすくなる |
抜歯後の注意点は健康な人と同様ですが、透析患者は特に以下の点に注意が必要です。
| 注意点 | 理由 |
|---|---|
| 止血が確認できるまで安静にする | 出血しやすいため、止血に時間がかかる場合がある。ガーゼをしっかり20〜30分噛む |
| 出血が続く場合は透析医にも連絡する | 次の透析のタイミングによっては、ヘパリンの種類や量を調整してもらう必要がある |
| 処方された抗菌薬はきちんと飲みきる | 感染しやすいため、抗菌薬の服用で術後感染を予防することが重要 |
| 痛み止めの種類に注意する | NSAIDs(ロキソニンなど一般的な鎮痛薬)は腎血流量を低下させるため使用しない。アセトアミノフェン(カロナールなど)を使用することが多い |
| 傷の回復が遅くても慌てない | 創傷治癒が遅れることは透析患者ではよくある。ただし感染の兆候(腫れ・発熱・ズキズキする痛み)があれば早めに受診 |
ここは特に読んでほしいポイントです。
一般的な痛み止め(NSAIDs:ロキソニン・ボルタレンなど)は、腎血流量を低下させる作用があるため、透析患者には原則として使用しません。抜歯後の鎮痛薬については、アセトアミノフェン(カロナールなど)が使われることが多いです。歯科医師が透析患者であることを知らずにNSAIDsを処方しないよう、必ず事前に申し出てください。
まず透析クリニックのスタッフに伝えてください。透析中に強い歯痛が起きた場合でも、すぐに処置はできませんが、痛み止め(アセトアミノフェン)を相談することはできます。透析終了後、速やかに歯科か透析医に連絡しましょう。
透析患者の複雑な抜歯は、地域の一般歯科では対応しきれないことがあります。その場合は、大学病院の歯科口腔外科や総合病院の口腔外科に紹介してもらいましょう。多くの施設では透析医との連携体制が整っています。私自身もこの流れを経験しました。
透析患者の歯科治療は、健康な人と比べて時間がかかります。特に親知らずのような複雑な抜歯では、血液検査・紹介・日程調整を経て3か月以上かかることも珍しくありません。焦らず、透析医と歯科医師の両方と連携しながら進めることが、結果的に一番安全な道です。
飲む薬の種類によります。NSAIDs(ロキソニンなど)は腎血流量を低下させるため使用しません。アセトアミノフェン(カロナール)は透析患者にも使いやすい鎮痛薬です。ただし必ず透析医・歯科医師に確認のうえ服用してください。自己判断での市販薬の服用は避けましょう。

親知らずが痛みだしてから抜歯するまでの3か月——この間の透析の血液検査データの管理、体調の確認、紹介先歯科との日程調整、抜歯後の地元歯科でのフォロー。
大変でしたが、透析患者が安全に抜歯を受けるための「正しいプロセス」を、自分なりに経験できたと思っています。
今回わかったことを最後に整理します。
20年超透析を行っている私の経験から言えば、「歯が痛くなってから慌てる」よりも、「ふだんから定期的に歯科へ通う」ほうが、結果的にはるかに楽です。透析患者にとって口腔ケアは感染症予防そのもの——そのことを、この記事を通して伝えたかったことです。
口腔ケアや感染症との関係については、こちらの記事もあわせてご覧ください。
参照:「【透析患者の歯のケア・口腔ケア】きちんと行っていますか?」