透析・腎移植の有名人|森喜朗元総理・南部虎弾さん・松原のぶえさんまで闘病の現実

2020年4月12日

透析・腎移植の有名人|森喜朗元総理・南部虎弾さん・松原のぶえさんまで闘病の現実
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更新日: 2026年9月14日

腎移植・透析の有名人

私が透析に至ったのは、乱れた食生活や不規則な生活といった不摂生によるものではありません。健康診断により尿たんぱくでひっかかり、生研の結果先天的なものと分かったのでした。

現在、透析に至る原因として最も多く挙げられているのは糖尿病性腎症です。

私自身には、その発症の苦しみや治療中のつらさは、正直なところ分かりません。それでも、腎臓病については透析導入になる前に、できるだけ早く治療を始めることが何よりも大切だということは、20年超透析を行っている経験者として、強く言い続けたいと思っています。

この記事でわかること

  • 透析に至る原因の第1位は「糖尿病性腎症」であり、現在も全体の約4割近くを占めている
  • かつて透析をしていて腎移植に成功し、TVや舞台に復帰した有名人・芸能人がいた
  • 腎移植に成功しても、食生活や生活習慣の乱れで再び透析に戻るリスクがある
  • 透析患者も腎移植者も、生活習慣・食事療法こそが基本中の基本

透析している有名人・芸能人って気になりますか?

同じ透析患者として、あるいはそのご家族として、「あの有名人もそうなんだ」と知ったとき、不思議と励まされたり、逆に怖くなったりすることがあると思います。私もそうでした。

ここでは、透析や腎移植と向き合いながら活動を続けてきた著名人たちを取り上げます。どうか他人事ではなく、自分自身の体と向き合うきっかけにしてもらえたらと思います。

グレート義太夫さん(お笑い芸人・ミュージシャン)

ときは1980年代。私が小学生の頃、TBSには「8時だョ!全員集合」が、フジテレビには「オレたちひょうきん族」という番組がありました。土曜夜8時のバラエティー戦争とも呼ばれた時代です。

TBS系の『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』もありましたね。ビートたけしが城主となり、一般参加者がたけし城を攻略するというバラエティーでした。たけし軍団のレギュラー守備軍にいたのがグレート義太夫さんです。チャラくて茶髪という当時よく目立つ風貌で、多感期だった私の目にもよく映っていました。

「オレたちひょうきん族」の人気コーナー「ひょうきん懺悔室」の懺悔の神様がグレート義太夫さんだと思っていたのは、私だけじゃないはずです(実は別人ですが、本当によく似ていました!)。

グレート義太夫さんは糖尿病から腎不全に進み、長期にわたって人工透析を受けていました。透析中の時間を「仕事のネタや本を書くなど、自分でいろいろ考える時間に」していたそうです。自分なりにうまく付き合いながら、5時間×週3日の透析を続けていました。東京都内では4時間透析が多い中、週15時間という時間を確保し、前向きに治療に取り組んでいたことが伝わってきます。

著書『糖尿だよ、おっ母さん!』には、糖尿病性腎症の発病から透析導入までのリアルな記録が綴られています。タレントという仕事柄、通院を怠り合併症も重なって「自己判断してしまうからますます悪くなって」いったという告白は、同じ透析患者として胸に刺さります。

グレート義太夫さんですが、2026年9月7日、東京・中野区の自宅マンションの階段で倒れているのが発見され、亡くなりました。67歳でした。その朝にもブログを更新し、10月4日には舞台出演を告知していたばかりでした。長年の透析と心血管疾患のリスクを抱えながら、最後まで芸人として、ミュージシャンとして動き続けた方でした。心からご冥福をお祈り申し上げます。

グレート義太夫さんが行ったPTA(経皮的血管形成術)についても触れておきます。2019年8月、「義太夫さん緊急入院!」との報道がありました。

PTA(経皮的血管形成術)とは何か?これは手術です。透析患者ならほとんどの方が経験する処置です。血液透析をしていると、シャント周辺の血管が細くなったり、血管壁にプラークが溜まったりして透析効率が落ちてくるため、それを広げる手術が必要になります。

■ PTA(経皮的血管形成術)とは
項目内容
正式名称経皮的血管形成術(Percutaneous Transluminal Angioplasty)
対象血液透析患者のシャント(血管のつなぎ目)
目的細くなった・詰まりかけたシャントを広げて透析効率を回復させる
経験する割合透析患者のほとんどが複数回経験する
入院の有無シャント閉塞など緊急時は入院が必要なケースも多い

義太夫さんの場合、PTAで広げたシャントがつぶれてしまい、緊急手術・入院に至りました。このとき首へカテーテルを入れて、そこから透析を行うことになります。私もこれを経験しましたが、首周りのカテーテルは違和感が強く、周囲からの視線も気になります。久しぶりに髪が洗えたときの開放感は、義太夫さんが「頭スッキリ気持ちよさよさ」と表現したのと、まったく同じ気持ちでした。

⚠ 手首のシャントは、ふだんからきちんと保護することが大切です。低血圧や圧迫でシャントが閉塞しやすくなります。

私もコロナ禍の中で手術を行いました。透析後の急な低血圧が要因で、シャントがほぼ閉塞に近い状態になっていました。時期的に、ある種パニック状態に陥っていましたし、仕事もモチベーションもあがらずじまいでした。

それでも透析・腎移植した有名人・著名人って気になりますか?

透析患者やそのご家族の中には、腎移植を希望している方も多いと思います。ただ、腎移植の現実はなかなか厳しいものがあります。日本ではほとんど普及しておらず、圧倒的に血液透析を選ぶ人が多いのが現状です。

以下、腎移植を経験した、あるいは現在も透析を続けながら活動した著名人の方々を取り上げていきます。

森喜朗(元内閣総理大臣)

政治家として、スポーツ行政のトップとして、長年日本を牽引してきた森喜朗氏(1937年生まれ、石川県出身)。その経歴は多岐にわたります。

■ 森喜朗氏の主な経歴・役職
時期役職・業績
2000年4月〜2001年4月第85代 内閣総理大臣
2005年〜2015年日本ラグビーフットボール協会 会長(5期)
2015年〜日本ラグビーフットボール協会 名誉会長(のち辞任)
2014年〜2021年東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会 会長

ラグビーについては特に深い縁があり、第9回ラグビーワールドカップの日本招致を成功させた立役者でもあります。2015年には肺がんを患い、医師から余命宣告を受けたこともあったと本人が明かしています。

その後も活動を続けるなかで腎機能が低下し、2018年2月から人工透析を開始しました。文藝春秋のインタビューで森氏自身が語っています。週3日、病院で3〜3時間半かけて透析を行っているとのことで、「透析をしている時間は”休養”みたいなもの。どんなに前日に働きすぎても、透析しながら3時間眠れば元気になる。ものは考えようだよ」という言葉は印象的でした。

透析患者として、この言葉には深くうなずきます。透析時間をどう使うかは、心の持ちようで大きく変わります。

2023年には圧迫骨折で入院し、以降は車椅子姿も見られるようになりました。2025年には誤嚥性肺炎で深刻な状態になったとも報じられ、複数の健康問題と向き合い続けています。それでも公の場で存在感を示してきた姿は、透析患者である私としても率直に「すごいな」と思います。

透析をしながら総理大臣や五輪組織委会長という激務をこなすことは、並大抵のことではありません。透析患者として、そのタフさには頭が下がります。

南部虎弾さん(電撃ネットワーク)

ダチョウ倶楽部の元リーダーとして、また電撃ネットワークのリーダーとして知られる南部虎弾さん。山形県鶴岡市出身で、芸名の名付け親があの市原悦子さんだったというのは、まったく知りませんでしたが、某電気店のCMに出ていたのが印象的でした。

2017年3月、糖尿病が悪化して自宅で倒れ緊急入院。主治医から人工透析を勧められましたが、南部さんはそれを拒否し、腎移植という道を選びました。2019年5月16日、妻をドナーとした生体腎臓移植手術を受け、無事に成功。ステージに復帰し、精力的に活動を続けました。

ところが2024年1月20日、南部虎弾さんは脳卒中のため急逝されました。72歳でした。「南部虎弾 腎移植の成功!」と広く報じられ、多くの人々に「透析を受けなくてもよくなる」という希望を与えてくれた方だっただけに、突然の訃報は衝撃でした。

腎移植後も脳卒中のリスクが消えるわけではありません。これについては後述する「まとめ」の部分でも改めて触れます。

南部虎弾さん、長い間本当にお疲れ様でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

松原のぶえさん(演歌歌手)

演歌歌手の松原のぶえさんも、透析を経験した一人です。松原さんは大分県中津市出身。1979年に「おんなの出船」でデビューし、その年の日本レコード大賞で新人賞を受賞。1989年に「レコード大賞 美空ひばり賞」の第1回受賞者となった実力派です。NHK紅白歌合戦には7回出場していました。
2009年5月に、腎不全のため都内の病院で腎臓移植手術を受け、退院後に会見した際に実弟から腎臓を提供してもらったことを明かしていました。

透析をしていた当初は低血圧に悩まされていたといい、3時間しか透析できなかったそうです。その後腎移植が成功し、透析からは解放。ステージで活躍されていました。「透析の制約から解放されたとき、どれほど自由を感じられたことか」—同じ透析患者としてその喜びは想像に難くありません。2026年9月13日に65歳で死去されました。

ピコさん(歌手)

2019年8月16日、歌手のピコさんが末期腎不全であることを公表しました。当時31歳という若さでした。「10年ぐらいかけて徐々に悪くなっていった」という言葉は、腎臓病が静かに、じわじわと進行する病気であることを改めて思い知らせてくれます。

私自身も28歳のときに透析を導入し、それから20年超透析を行っています。「若い」「仕事がある」「自覚症状がない」という状況で腎機能が進行していく——ピコさんの境遇は、当時の自分とどこか重なる部分がありました。

腎臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれています。2019年3月ごろから体調が芳しくなく、5月頃には長時間活動すると異常なほど疲れを感じるようになっていたとのこと。これは腎機能の急激な低下が背景にある典型的なサインです。まるで充電できなくなってきたバッテリーのようなイメージです。

扁桃腺の摘出歴があったことから、「IgA腎症」である可能性が考えられますが、歌手という立場はフリーランスに近く、定期的な健康診断まで気が回っていなかったかもしれません。早く診断されていれば、それなりの対処ができていたはずです。

その後、ピコさんは腎移植に成功し、ステージへの復帰を果たしています。ただ、移植後も薬は欠かせません。食事の仕方、疲労の蓄積、ストレス管理——これらをないがしろにすれば、透析への後戻りも十分にありえます

透析導入の原因、最新データで見てみましょう

「糖尿病性腎症が原因で透析に」という話を繰り返してきましたが、実際のデータで確認しておきます。

日本透析医学会の最新統計(2024年末時点)によると、現在日本の透析患者数は33万7,414人。透析導入患者の原疾患は以下の通りです。

■ 透析導入の原因(2024年末・日本透析医学会統計)
順位原因疾患割合
第1位糖尿病性腎症37.6%
第2位腎硬化症19.1%
第3位慢性糸球体腎炎13.5%

かつては慢性糸球体腎炎が2位でしたが、2019年から腎硬化症が2位に浮上しています。高血圧による腎臓への長年のダメージが、透析導入の大きな要因になってきているということです。

「少し血圧が高いだけ」と油断しないでください。腎硬化症は高血圧が長期間続くことで腎臓が徐々に傷んでいく病気です。自覚症状が出たときにはすでに手遅れというケースが少なくありません。

まとめにかえて|腎移植は「ゴール」ではない

南部虎弾さん、松原のぶえさん、ピコさんともに腎移植は成功しています。それは素晴らしいことです。ただ、私が透析患者として強調しておきたいのは、腎移植は「ゴール」ではないということです。

■ 腎移植後に知っておきたいこと
項目詳細
腎機能の回復本来の自分の腎臓と同じ100%の機能にはならない
薬の継続拒絶反応を抑える免疫抑制剤を生涯飲み続ける必要がある
食事管理移植後も食事制限・管理は続く。インスタントや外食への過度な依存は禁物
生活習慣過労・睡眠不足・ストレスが移植腎に負担をかける
透析への逆戻り生活習慣の乱れが重なれば「糖尿病性腎症」などを再発し、再透析になるケースもある

「腎移植が成功し、健康な人と同じように生活できた」と思って、乱れた食生活(インスタント食や外食への依存)や不規則な生活(過労・ストレス)を続けてしまったら、せっかくもらった腎臓に負担をかけてしまいます。

高額な手術費用をかけた腎移植が台無しになるケースは、残念ながら決して珍しくありません。これは透析患者でも誤解しやすい部分です。

南部虎弾さんが腎移植後に脳卒中で亡くなったことも、移植が「完全な回復」を意味しないという現実を示しています。腎機能が低下した状態では心血管系へのダメージが長年蓄積しており、移植後もそのリスクはゼロにはなりません。

透析患者であれ、腎移植者であれ、共通して言えることはただ一つ。

「生活習慣の改善と食事療法こそが、基本中の基本である」

これを忘れないでほしい。私自身への戒めも込めて、改めてお伝えします。