2026年9月9日


彼が人工透析を受けていることを知ったのは、透析の調べものを通してなんですね。さらには音楽家としての深いキャリアや透析中の創作活動について知り、いろいろと驚きました。私は20年超透析を行っている患者として、グレート義太夫さんのように前向きに病気と向き合いながら人生を楽しむ姿に強く共感しました。
透析患者のリアルって、もっと多面的で、厳しさと同時に前向きさもあるはずなんですが、有名人・芸能人についてはほぼ無いのが現実。
この記事では、お笑い芸人・グレート義太夫さんとしての「こんなふうに生きているんだ、いけるんだ」という様を感じていただけるかなと思います。
| 時期 | 出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 1995年(37歳) | 糖尿病と診断 | 父親が糖尿病をきっかけに亡くなった翌年。自覚症状はほぼなく、夏バテと勘違いしていた |
| 1995年〜2007年 | 治療の中断と病状悪化 | 「痛くないから大丈夫」と通院を中断。その間に糖尿病性腎症が進行 |
| 2007年(48歳) | 舞台後に倒れ、透析開始 | 舞台が終わったあとに倒れて搬送。糖尿病性腎症による末期腎不全のため、週3回・1回5時間の透析を開始 |
| 透析後 | 心筋梗塞・緊急手術 | 8月23日に心筋梗塞を起こし、10時間に及ぶ緊急手術を受けた。現在も芸能・講演活動を精力的に継続 |
グレート義太夫さんが糖尿病を発症したのは、1995年、37歳のときでした。糖尿病は「サイレントキラー」とも呼ばれる病気で、自覚症状が出にくく、気がついた時にはすでに重症化していることが少なくありません。義太夫さんも例外ではなく、初期にはほとんど自覚がなかったそうです。
糖尿病が進行すると、目、神経、腎臓といった体の重要な機能がダメージを受けます。義太夫さんの場合は、腎臓に深刻な影響が及び、「糖尿病性腎症」へと進行したとのことです。これは透析に至る原因の中でも代表的なものの一つで、多くの患者がこの経緯をたどっています。
透析患者でも「糖尿病性腎症」がいかに多いか。最初は血糖値の異常から始まり、次第に腎臓の働きが落ちていく。それを止めるためには、早期の対応と継続的な管理が欠かせません。
人工透析の導入は、生活に大きな転機をもたらします。私の場合、夜間透析を選択しましたが、当時はちょうど転職活動の最中でした。週3回の通院が必須なのに、仕事が決まらない! 今や「氷河期世代」と呼ばれていますが、健常者以上に仕事探しは困難でした。事務職に必要な資格を取得しながら、なんとか職を見つけたのですが、そこから仕事と生活リズムをすべて再編成する必要がありました。
透析導入前も、療養しつつも転職活動や資格取得に集中していました。が、疲れが取れず、昼間の強烈な眠気や夜中に足がつって目を覚ますこともよくありました。今思えば、すでに体が限界に近づいていたのでしょう。
透析中は身動きが取れません。最低でも4時間以上はベッドに横たわる時間が続きます。「この時間をどう過ごすか」が、透析生活の質を左右します。今ではPCやタブレットを持ち込み、電子書籍を読んだり、映画や海外ドラマを観たりしてリラックスしています。もちろん、事務職に必要な勉強もこの時間を活用してこなしています。
私にとって透析は、透析導入時は「耐える時間」というイメージがこびりついていました。テレビを見ても頭に入らないし、ラジオも好きな時間にあるわけでもない。当時は他局どうしで野球中継もありましたが、こちらも何だか興味が持てず…。どんどん体が重くなってくるんですが、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。何よりつらかったのは、透析導入時のあの副作用です。吐き気や倦怠感、あの感覚は今でも忘れられませんね。
ある程度時期が経過して、ある時から考え方を変えました。「どうせやらなきゃいけないなら、何か活かせないか」と思ったんです。ちょうどその頃、私は転職活動を行っており、資格勉強も始めていたのです。「透析中の時間を勉強にあてよう!」と決めたのです。これが自分の中で大きな転機でした。
グレート義太夫さんのことを知ったとき、「あ、彼も同じようにこの”無駄な時間”を有意義に変えてるんだなあ」と妙に納得しました。彼はお笑いのネタを考えたり、本の構成を練ったりと、まさに”創作の時間”として透析時間を使っているそうですよ!
私も今でもPCを持ち歩きつつ、スマホやタブレットにメモアプリを入れて連動させながら、透析中に記事の構成を考えたり、ブログのタイトル案を練ったりしています。頭が冴えている日には、かなりの量のアイデアが浮かぶんですよ。
透析歴が20年近くになる私にとって、「透析と付き合う」という言葉は実感そのものです。最初の頃は敵だと思っていた透析。でも、次第に「どう付き合っていくか」に意識が変わりました。グレート義太夫さんも、「透析は身から出た錆」と言いながら、それをユーモアで包みながらも真剣に向き合っています。
「透析だから〇〇できない」とは言わず、「透析でも〇〇できる」と考える。ただ透析のために「自分は仕事ができない」と言う方も確かにいます。でも、私はこれまでかれこれ20年弱、透析とつきあいながら仕事を続けてきました。もちろん、過去にはシャントや副甲状腺手術のために休んだこともあります。病院の都合・諸事情に合わせて、スケジュールを調整したこともあります。それでも、風邪や頭痛、軽度なだるさ程度で仕事を休むということは、無いですね。
確かに周りには「無理をするな!」と言われるのは常ですが、これは無理をしているというより、「自分の中のルール」として、透析と仕事を共存させる工夫を重ねてきた結果なのです。(今後とも時間、年齢を重ねていけば多少なりとも調整は必要でしょうね。)体調が悪い日は、無理をせずペースダウン。でも、元気な日は一気に仕事をこなす。このリズムが、私なりのバランスになっています。
義太夫さんも、透析だからと活動を止めず、舞台や音楽、講演活動などを精力的に続けています。そんな彼の姿に、自分の透析人生を重ねて励まされる人は多いと思います。私もそのひとりです。
透析を始めて、最も大きく変わったことの一つは「食生活」ですね、透析患者ならば!義太夫さんもかつては、深夜の焼肉やじゃがバターといった高カロリーな食事を好んでいたと語っていましたが、透析導入後は自炊中心の生活に切り替えたそうです。
透析になると「塩分・水分・カリウム・リン」など、注意しなければならない項目が一気に増えます。これを外食でコントロールするのは、ほぼ無理です。義太夫さんが自炊を始めたきっかけは、「自分の命は自分で守るしかない」と思ったからそうで、最初は面倒で何を作ればいいかわからなかったそうです。でも、やってみると意外と楽しい部分もあって、少しずつ料理が習慣になっていったといいます。
自炊をすると、食材の内容や味付けを自分で調整できるので、体への負担もコントロールしやすい。これは透析生活において、とても大きなメリットです。
透析をしていると、体重の管理は命に直結します。透析と透析の間で増えた体重(これを「除水量」といいます)が多いと、心臓や血圧に負担がかかるため、制限がとても重要になります。
グレート義太夫さんも、透析導入後は「水を飲みたくても我慢」「食事も塩分を意識するようになった」と語っています。私も最初の頃は、透析間で4キロ以上増えてしまうことが多く、看護師さんや臨床工学技士さんに注意されたものです。あの「除水が終わらない苦しさ」、あれは本当にしんどいですよね。
今は、1回あたりの体重増加を2キロ以内に抑えるように意識しています。飲み物は、350mlの水筒缶を1日で2本までと決めており、お茶やコーヒーを控えるようにしています。塩分に関しても、食事の味を薄めにすることは自然と身につきましたね。だしや香味野菜で風味を出すようにするだけで、意外と満足感はあります。
義太夫さんも、自分の体に合わせて工夫しながら生活しているとのことで、その姿勢にとても共感しています。透析患者にとって「体重コントロール=命の管理」。それを日常でどう実現するか!が大切です。
| 管理項目 | 目安(参考) | 私の工夫 |
|---|---|---|
| 水分 | 1日500〜700ml程度(尿量による) | 350ml缶を1日2本までと決めて管理 |
| 塩分 | 1日6g未満が目標 | だし・酢・香味野菜で薄味でも旨みを補う |
| 体重増加 | 透析間で2kg以内が理想 | 毎朝体重計に乗り、超えそうな日は飲水を控える |
| カリウム | 1日2,000mg以下 | 野菜はゆでこぼしを実践。バナナ・メロンは控える |
| リン | 1日800mg以下 | 牛乳・チーズは控え、豆腐・おからで代替 |
※上記の数値は一般的な目安です。個人の病状・医師の指示によって異なりますので、必ず主治医や管理栄養士に確認してください。
グレート義太夫さんが、透析後に「納豆を禁止された」というエピソードを語っていました。これは、透析患者にとってよくある「あるある」話のひとつです。納豆にはビタミンKが多く含まれており、ワーファリンなどの抗凝固薬と併用すると薬効に影響を与えるため、医師から制限を受けたというのです。
透析を受けていると、食事の内容に関して「これはダメ」「あれも控えて」といった制限が多くなります。例えば、カリウムの多いバナナやメロン、リンを多く含むチーズや牛乳などもその対象です。義太夫さんのように「大好きだったものが食べられない」というのは、透析患者にとっては、まあ共通の悩みです。
でも、そこで「全部我慢する」のではなく、「どう工夫するか?」が鍵になると、私は思いますし、考えています。私自身も、代替食材を工夫することで、食事を楽しむようにしています。例えば、納豆の代わりにオクラやなめこを使ってネバネバ感を楽しんだり、リンを気にせず食べられるようにチーズの代わりに豆腐やおからを使って料理する。こう発想を変えるだけでも、日々のストレスはかなり軽減できるのです。
また、あえて「これは特別な日のご褒美」と決めて、月に1回だけ少量を味わうなど、自分の中でルールを決めるのもおすすめです。義太夫さんも、きっとそんな工夫をしながら「できる形」で食生活を組み立てているのだと思います。私たち透析患者にとって、「食べること」は楽しみであり、同時に命を守る行動でもあります。
透析を始める前の私は基本、好き嫌いは無いものですから、野菜や野菜ジュースはふつうに食べたり、飲んでいました。逆に義太夫さんは、野菜をあまり意識して食べておらず、芸能人ですから外食中心の生活となり、ついつい炭水化物や肉に偏ってしまい、野菜は「付け合わせ」くらいの感覚になってしまっていました。
私も透析になってからは野菜の摂り方に対する意識が大きく変わりました。カリウムが多い野菜は注意が必要ですが、しっかり下処理(ゆでこぼし)をすることで、問題なく摂取できます。むしろ、便秘防止や体の代謝を助けるためにも、野菜はとても重要な栄養源になります。義太夫さんも透析を機に食生活を見直し、今では野菜中心のメニューに切り替えているそうですよ。
味付けは塩を使わず、出汁や酢、香味野菜で風味を出す。これだけでも十分美味しく、食べ応えもあります。
透析が始まると、生活リズムが一変します。週3回の透析スケジュールに合わせて、食事や仕事、休養のタイミングを調整する必要があるからです。義太夫さんは芸能活動を続けながらも、この透析スケジュールにしっかりと対応して生活しているとのこと。これがどれだけ大変か、私もよく分かります。予定がずれ込むと、透析との兼ね合いで仕事が制限されたり、体調を崩すこともあります。
私の場合は夜間透析しています。透析がある日とない日で生活のリズムをしっかり分けています。透析がある日はできるだけ体力を温存し、帰宅後は無理をせず休養。透析がない日は、なるべくアクティブに動いて、できることを済ませる。これを習慣づけることで、精神的にも安定するようになりました。義太夫さんも、規則正しいリズムを保つことで体調管理がしやすくなったと言っています。透析患者にとって、「リズムを崩さない」ことは健康維持の要。予定を詰め込みすぎず、自分の体と相談しながら生活する大切さを、日々実感しています。

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グレート義太夫さんがTBSの『風雲!たけし城』に出演していた当時、私はまだ小学生でした。番組の中で、義太夫さんはちょっとちゃらい太ったお兄ちゃんというイメージで、毎回面白い動きをしていて印象に残っていました。でもその裏に、実はミュージシャンとしての深いキャリアがあるなんて、当時はまったく知りませんでした。
後から知って驚いたのですが、彼はアイドル歌手の松本伊代さんのサポートメンバーとしてドラマーを務めた経験があり、たけしさんのバックバンド「シークレットポリス」でもパーカッションを担当していたんですね。音楽的な素養と芸人としての表現力、どちらも持ち合わせていたからこそ、長く芸能の世界で活躍できているんだと納得しました。
しかも、彼は透析を受けながらも舞台に立ち、音楽活動も続けているとのこと。これ、本当にすごいことです。透析って、1回5時間、週3回。それだけでも生活は大きく制限されます。その中で舞台稽古、移動、収録といった仕事をこなすのは、相当な気力と体力が必要です。
私自身も会社員として働きながら透析をしているのでわかりますが、透析の合間にフルタイムで働くのは本当に大変です。でも、「透析だからできない」ではなく「透析でもやってみる」という姿勢があるから、なんとか続けられるんですよね。義太夫さんのように、透析中も頭を使って仕事のアイデアを練ったり、創作活動に励む姿勢には本当に感心しています。
義太夫さんは、芸能活動だけでなく、糖尿病や透析についての啓発活動も精力的に行っています。全国の学会や講演会に呼ばれ、自身の体験を語るスタイルで、難しい医学的な話を笑いを交えて分かりやすく伝えています。
私も透析患者として、こうした講演をYouTubeや記事で見ることがありますが、義太夫さんの語り口はとても親しみやすく、「聞いてて元気が出る」と感じるんです。ただ病気の怖さを説くのではなく、「自分はこうだった。こうすればよかった」と実体験に基づいた話だからこそ、心に刺さるんですよね。
特に印象に残っているのは、「医師の言うことを聞かずにこうなってしまったけど、今は後悔してない。これも人生だ」と語る場面。これ、私自身もすごく共感します。病気になったことを後悔するよりも、これからの自分の生き方をどうするかに意識を向けることが大事なんですよね。
彼の講演では、糖尿病予防の大切さ、生活習慣の見直し、そして透析に対する正しい理解などが盛り込まれていて、医療関係者や一般の方にもとても評判が良いようです。自分の辛かった経験を、他の人の「気づき」や「予防」につなげていくその姿勢には、本当に頭が下がります。
・糖尿だよ、おっ母さん!(幻冬舎)
・義太夫さんは自身の経験をYouTubeチャンネルでも発信されています。
⇒【公式】グレート義太夫ch
グレート義太夫さんは、音楽家としても重要な役割を果たしてきました。その象徴が、ビートたけしさんの代表曲『浅草キッド』の制作に関わったという事実です。この曲はたけしさんが映画のロケ中に口ずさんだメロディを、義太夫さんが構成し、コードを付けて形にしていったといいます。
私、このエピソードを知ったとき、本当に驚きました。義太夫さんって、ただのお笑い芸人じゃないんだな、と。それまで「風雲!たけし城」で見ていた印象とはまったく違っていて、「裏方としての力もある、本物のエンターテイナーなんだ」と感じました。
音楽って、体力も集中力も必要な作業です。ましてや透析で体調が不安定な中で、創作を続けることは並大抵のことではありません。(私も夜間透析のために仕事を終えて車通院。ベッドに入るまで緊張感が続きます。透析に入って文章を書いたりブログ構成を考えますが眠気も出てきます。日によっては頭が全く働かないこともありますよ。)
義太夫さんは、そんな状況でも音楽と向き合い続けている。これって、やはり「表現することが自分の生きがい」だからできることなんだと思います。透析患者にとって、何か一つ「自分の軸」となるものがあることは、日々の生活を支える力になります。彼にとっては音楽や芸。そして私にとってはブログや言葉。それぞれが、透析という現実を乗り越えるための「武器」になっているのかもしれません。
「透析してるから仕事は無理」「フルタイムなんて絶対無理」…透析を始めたばかりの頃、私の周りでもそういう声を多く聞きました。実際、透析による体調の波や通院スケジュールを考えると、仕事と両立するのは簡単ではありません。でも、義太夫さんのように、透析と仕事を”両立”ではなく”融合”させていく考え方は、私にとってとてもヒントになります。
私自身も、会社の就業規則上フレックスタイムという形で勤務時間を調整しながら働いています。私は夜間透析なので、通院がある日はどうしても早退せざるを得ません。もちろん、その分の仕事は別の日にカバーしたり、できる範囲で効率よく進めるようにしています。
義太夫さんは、芸能という不規則で体力を使う仕事を、透析と両立させています。それを知ると、「自分もまだまだ工夫できる余地がある」と励まされますね。透析があっても、自分らしく働く。透析導入者や現に透析をしていて月日が浅い方などは特に参考にしてほしい、そういう選択肢があるのだ、もっと広がってほしいと、心から思います。
芸人として、そして人として、グレート義太夫さんにとって師匠・ビートたけしさんの存在は特別です。たけしさんからは、「夏目透析」という芸名を提案されたこともあったそうですが、義太夫さんは断り(笑)、折衷案として落語の高座では「夏目亭透析」という名前を使うことにしたといいます。
このエピソードを聞いたとき、私は思わず笑ってしまいました。でも同時に、「病気を重く捉えすぎずに笑いに変える」その関係性の深さに感動も覚えました。たけしさんは、病気のことを真剣に心配しながらも、重くなりすぎないようにユーモアで包む。そして義太夫さんも、その気持ちを受け止めて、自分のスタイルとして昇華させる。この師弟関係のバランスが、彼の心の支えになっているのだと思います。
私も、透析を続けてこられた理由の一つに「心の支えとなる存在」の大切さを感じています。家族であれ、友人であれ、誰かひとりでも「応援してくれる人」がいれば、踏ん張れるんですよね。義太夫さんにとって、たけしさんはその象徴的な存在。病気を抱えても変わらない関係性が、彼の前向きな生き方の基盤になっていることは間違いありません。
透析が必要になったと聞いたとき、多くの人が真っ先に感じるのは「終わりだ」「人生が止まった」という感覚だと思います。世間的にも「もう働けないのでは」「やりたいことが制限されるのでは」といったイメージが強いですよね。でも、私自身の場合、20代後半で透析導入となったとき、受け入れ自体はあまり問題なかったんです。ただ、そこからが大変でした。資格取得の勉強をしながら、病院選びや転職活動にも取り組まなければならず、1年弱は心身ともに困り果てたのを今でも思い出します。「世間の同年代の健常者の方でさえ仕事探しで苦労しているのに、自分はなおさら!」だと。
グレート義太夫さんも、透析導入のきっかけは突然の体調悪化だったと語っています。舞台が終わったあとに倒れて、そのまま透析開始を告げられた。自覚症状はあったけれど、「まさか今始めるとは」と驚いたそうです。そんな彼も、今では透析を受けながら芸能活動を続けていて、「透析があっても人生は続く」という姿を体現しています。
私たち透析患者にとって、「透析=人生の終わり」というのは、もはや当てはまりません。むしろ「透析=生活の再設計が必要になる」という方が正しいと思います。もちろん大変なことはありますが、やり方を見つければ、自分なりの生活スタイルが確立できる。透析とともに生きる人生もまた「自分の人生」です。
透析を始めるまでは、健康管理なんて「病気になった人がやること」くらいに思っていた私。でも、透析生活に入ってからは、「生きるためにやること」だと強く感じるようになりました。体重管理、食事制限、服薬、透析スケジュールの厳守…。まあ、一つひとつがとても地味で、めんどくさいと感じることもあります。でも、「それらをやらないとどうなるか」を、「自分の身体で知っているのは、自分」だからこそ、続けられるんですよね。
義太夫さんも、「もっと早く医師の言うことを聞いていれば」と語りながらも、今では日々の管理をきちんと行い、生活を整えています。それが彼の芸能活動の継続や創作のエネルギー源になっているのでしょう。私も、透析になったからこそ「生きること」に対して真剣になれたと思っています。毎日を大切にする気持ち、食べ物や水分に対する感覚、体調の微妙な変化を察知する能力…。病気によって得たこの「健康感覚」は、むしろ健常時には持てなかった視点です。
私も長年透析を続けてきて、体調や精神面で何度もつらい思いをしてきました。だからこそ、今透析と向き合っている方に伝えたいことがあります。「あなたは一人じゃない」ということです。
私もグレート義太夫さんも、そして日本中にいる数十万人の透析患者も、同じように痛みや不安、ストレスを抱えながら生きています。そして、その中でも「自分にできること」を探し、日々工夫して生活しています。
透析を始めたばかりの頃は、どうしても気持ちが落ち込みます。生活の変化、身体の重さ、周囲との距離感…。でも、続けていく中で必ず「自分なりのスタイル」が見えてきます。最初は何もわからなかった私も、いまでは透析を前提とした仕事、趣味、生活リズムを確立できるようになりました。時間はかかりますが、必ず慣れます。そして慣れた先には、きっと「前より自分らしい生活」が待っていると思います。
義太夫さんのように、透析とともに生きながらも、明るく、笑いを忘れず、前を向く。その姿は、すべての透析患者にとって、大きな希望になるはずです。
グレート義太夫さんは、自分の経験を語ることに意味を感じ、講演や執筆を通じて多くの人に「病気との付き合い方」を伝えています。透析は確かに辛い。でも、その中でも「工夫」や「気づき」がたくさんあります。食事、運動、時間の使い方、働き方…すべてにおいて、透析があるからこそ得られる知恵があります。
義太夫さんも、自分の病気を隠さず、むしろ「ネタ」にして、笑いに変えています。病気を恥じるのではなく、前向きに語る。そのことで、「透析=かわいそう」という社会の誤解も変えていっていると思いますね。義太夫さんが伝えること。これから透析を始める人の不安を軽くし、今透析と向き合っている人の背中を押すことにつながっているように思います。
この記事のポイント:
グレート義太夫さんは、お笑い芸人、ミュージシャン、そして透析患者という複数の顔を持ちながら、それらを全て「自分らしさ」として融合させ、今もなお前向きに活動を続けています。
私が小学生の頃にテレビで見ていた「ちゃらいお兄ちゃん」が、いまこうして糖尿病・腎不全・人工透析という厳しい現実と向き合いながら、自らの経験を発信し、多くの人に勇気を与えているという事実は、透析患者である私にとっても大きな驚きであり、励ましでした。
義太夫さんのように、病気をただの「制限」や「終わり」として受け取らず、「付き合っていくもの」「自分の人生の一部」として前向きに受け入れている姿勢は、すべての透析患者にとって希望の光です。
私も、透析導入時の混乱や孤独、そして長い時間をかけて築いた「自分なりの生き方」を振り返る中で、義太夫さんの生き様に多くの共通点と学びを感じとりました。「透析でも生きていける」「透析だからこそ得られた価値もある」──この実感を、これから透析を始める方、今まさに苦しんでいる方にも届けたいと思い、腎者エール!を書いています。
「人生に遅すぎることなんてない」そう言い切れるのは、失敗や後悔を知っている人だけです。義太夫さんも、私も、そしてあなたも、透析とともに「自分らしく生きる道」を歩んでいけるはずです。
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→ 義太夫さんが作曲アレンジに関わった、名曲『浅草キッド』。今聴いても胸にしみる1曲です。
バラエティ音楽ライブ『ビートたけし&たけし軍団ライブ』音源等